原発事故 現地の報告

弁護士 米倉 勉

 福島地裁いわき支部で「福島原発避難者訴訟」をおこなって います。避難指示によって故郷を追われた住民の方々の避難生活は、まもなく5年になります。帰還困難区域の住民は、いつ帰れるかの目途も立っていません。避難指示が解除されても、放射腺被ばくの不安はなくなりません。その結果住民が戻らない地域社会は、既に元どおりの故郷ではありません。戻りたいけど戻れない、その思いを、原告団のお一人に語って頂きました。

「福島原発事故避難者:5年目の今を伝える」

福島原発避難者訴訟原告団 事務局長
福島県双葉郡楢葉町 金井 直子

 東日本大震災と東京電力福島第一原発事故から5年目を迎えてしまいました。

 いまだに国による避難指示のため、または自主的に放射能被害から逃れ、住み慣れた自宅を離れ、不自由な避難生活を続けている住民が大勢います。私達原発事故による避難者は、2011年3月11日の翌日、3月12日に国からの避難指示により、放射能被害から逃れるために避難しました。特に強制的に避難指示を経験した私は、多くの人が口にするように当初は、原発が落ち着けばまたすぐに自宅に帰ることが出来るだろうと思っていました。しかし、その考えは甘かったのです。

 この原発事故の負の遺産は、廃炉まで30年~40年かかると言われており、その計画さえも予定通りに立ち行かなくなることが懸念されています。加害企業の東京電力、そして国策エネルギー政策として原発を推進してきた国の責任は重いのです。

 9月30日、大熊町役場税務課からの依頼で実家の罹災家屋現況調査立ち合いのために、母と私は帰還困難区域内の家に一時立入しました。玄関のカギを開けて中に入った時に違和感を感じ、仏間の南側の窓ガラスが大きく割られていることに気が付きました。そしておびただしい量の動物の糞尿が部屋のあちこちに散乱していました。母も私もあまりのショックで愕然としましたが、すぐに警察に通報し捜査員が到着。現場検証を終えた時には高線量地域に滞在3時間を経過していました。帰路、検問所を通り放射線スクリーニング測定を受けたときの結果は、10マイクロシーベルトでした。母も私も捜査員も、また被曝しました。

 元の住民が避難して無人になった地域は、高線量の放射能汚染・手つかずの崩壊家屋の荒廃・心無い盗人・動物の野生化による侵入などが横行し、取り返しのつかない無法地帯へと化してしまいました。

 強いものが守られ、弱いものが犠牲になる。そんな社会はあってはなりません。しかし、福島の原発事故後の様々な情勢は、決して住民の目線で進んではいない、弱者切り捨ての世の中に猛進しているように思えてなりません。

 私は、今後も未来の福島県の子供達のためにも、今自分に実行できることを出来る限りは続けて行く覚悟です。

 それは、皮肉にも今から19年前に、自ら望んで移住した愛する福島県が、原発事故によって変貌させられたことを後世にしっかり伝えることと同時に、福島原発事故の被害者が言われなき偏見によって分断されることや、無理解による差別を受けて悲しむことを無くすための努力をし続ける意味があると信じているからです。

労多くして禍のもと-マイナンバー制度は廃止を

弁護士 原 希世巳

【マイナンバー制度・スタート】

 この1月からマイナンバー制度がスタートしました。マイナンバーの通知が届いた方も多いと思います。これからは、年金、医療、介護、生活保護、児童手当などの社会保障関係の手続や、税務申告、源泉徴収などの手続にマイナンバーを記入するように言われます。「めんどくさそうだが仕方ないかな」と思っているあなた、実は大変な社会問題になりかねない危険な制度が始まろうとしているのです。

【何が問題?】

 マイナンバーは、生涯不変の公開された番号です。しかも民間で広く利用することが想定された制度です。昨年の通常国会で2018年から預金口座にもマイナンバーを付けることができると決まりました。今後は雇用保険や健康保険、さらにはカードによる買物、銀行ローンの設定、大学・専門学校の受験番号などにも広げていく予定と言われています。これが問題の根本です。

 住基ネットも住民に番号を付けますが、行政の内部だけで使用するもので、問題が生じれば変更できます。ネット取引では多くの人が定期的にパスワードを変えてセキュリティを図っていますね。ところがマイナンバーはいやでも一生使い回しとなります。

【「世界の趨勢」は?】

 マイナンバーのような国民共通番号を導入した国はかなりあります。しかしどこの国でも番号を悪用した「なりすまし被害」が横行して社会問題化しています。年金や医療給付金、失業給付金などの不正受給や、他人の番号で銀行口座の開設、さらには他人名義でローン設定、通番号を利用した詐欺(番号通知により公的機関の職員と誤信させてお金をだまし取る)などです。

 米国では2012年には37万件、500億ドル(5兆円)の被害が発生したと報告されています。更に「なりすまし」で兵役に就く者まで現われ(奨学金などのメリットも大きいため)、今では多大な労力と費用をかけて共通番号制を廃止して「分野別番号制」に移行しようとしています。

 韓国でも「なりすまし詐欺」が横行して社会問題化しています。ドイツでは行政分野を横断する形で個人識別番号を持つことは違憲とする判決が出されました。イギリスではいったん導入を決めたものの、人権被害のリスク、巨額の費用を考えて施行されないこととなりました。

【どうして日本では?】

 政府は、「脱税防止と社会保障サービスの向上のため」と言っています。しかしマイナンバーを付けたからといって収入隠しをやる人はいくらでもできます。またどうして社会保障サービス向上になるのかの説明もありません。

 この制度は、それまで反対していた自民党内の議員グループや民主党が突如賛成に鞍替えして2013年に成立しました。その背景にはIT企業(例えばNECや日本マイクロソフト社等です)からの強力な働きかけがあったといわれています。この制度ができれば初期投資で3千億円近く、その後の運営費で年500億円もの利権を生み出すからです。

 この制度ができて各地方自治体の担当者は大変な業務を押しつけられています。労多くして禍ばかりのこのような制度は廃止すべきだと私は思います。

9月12日、市民法律講座「相続と税金について」を開催しました。

事務局 芝崎  智

 2015年9月12日、市民法律講座「相続と税金について」を開催しました。

 人が亡くなると相続が発生します。財産がたくさんあっても、また借金しかなくても必ず相続は発生します。家族が亡くなられた後、遺産があって遺言がない場合、遺産をどう分けるか遺族の間で話し合うことになります。しかし、話し合いがまとまらないと家庭裁判所で調停をすることになります。また調停で話がまとまらないと、さらに審判事件へ移行します。その平均審理期間は11.8ヵ月、つまり約1年はかかるそうです。そんな遺産争いが起こるのは、財産をたくさん持っている人だけだとお考えになるかもしれません。しかし、家庭裁判所で調停などが成立した遺産分割件数のうち約4分の3は遺産が5千万円以下になっているそうです。

 今回は相続についてを小林容子弁護士が、税金については世田谷税経センターから税理士の石井裕二先生をお迎えし、お話し頂きました。

 講座では、相続の基礎知識から、こんなときどうするか(父が急に亡くなってしまった…遺言書が出てきた場合、借金の方が多かった場合や相続人が行方不明だった場合など)を具体的事例を挙げて説明しました。次に遺言書の種類や遺言書に書くことが出来る内容について、また実際にご家族が亡くなった後、相続人がやらなければいけない必要な手続きやその期限など自分で対処できることや方法の説明をしました。税金については難解で、ケースにより様々な問題が生じてくるので、ご自分の状況を把握するためにも一度専
門家にご相談頂くことや、トラブルを未然に防止あるいは出来るだけ小さくするためにも、遺言書を作成することが重要だということを確認しました。

 当事務所の市民講座では毎回身近な法律問題をトラブル予防のためにわかりやすく解説し、皆様のお役に立てればと考えております。次回の市民講座は3月12日(土)午後1時30分から渋谷区文化総合センター大和田8階アイリス会議室でマンション問題をテーマに行います。ご参加をお待ちしています。

生かそう憲法! 今こそ9条を! 世田谷の会 結成10周年記念

「戦争法NO! Yes Peace 世田谷のつどい」

事務局 首藤 祐己

10月26日、戦争法案の強行採決から約1か月が過ぎ、安保法制(戦争法制)に反対する運動がマスコミに載ることも少なくなってきたなか、どれくらいの人が集まるのかなぁと思いながら数分前に会場の成城ホールに到着しました。ところが、すでに8割がた席は埋まり、開会時間には400名の会場はすでに満席、戦争法案の強行採決に怒り、この流れを変えなければという参加者の想いがふつふつと伝わってきました。

 制服向上委員会の歯に衣着せぬ安倍切りソングと踊りで、集会はスタート。来賓の保坂世田谷区長は、急遽参加できなくなり、平和を強く願う連帯のメッセージを寄せていました。

 リレートークでは、高校生、憲法カフェを開催しているママの代表、戦争体験者、教員などそれぞれの分野での活動や体験談などを紹介しました。なかでも区役所の労働組合の委員長が、先輩から聞いたという「赤紙」配達の様子は、届ける方も受け取る家族にもつらいものでした。

 後半は、憲法学者・小林節先生のお話ですが、小林先生は政府の集団的自衛権の合憲の解釈をバサッと切り、選挙制度の仕組みから自民党が4割に満たない得票率で7割の議席を占め、やりたい放題の安倍政権を、野党の得票率は4割を超えているのだから、選挙協力すれば8割の議席をとって、政権交代に追い込むことはできると、強調していました。

 ママ世代代表のトークにあったように、身近な人に政治の話をしても、なかなか受け入れられないという難しさは、すごく良く分かるけれど、最終的には参加者は会場からあふれ、入場できなかった方も含めると450名にのぼったという集会の熱気に押され、もう一歩前へ踏み出そうと思います。

【Q & A】これからどうする戦争法

Answer/ 弁護士 淵脇 みどり

憲法に違反する戦争法案が成立してしまいました。これをなくすためにはどうしたらいいですか?

 まずは、「戦争法を廃止する。」という目標で一致できる野党が、当面の選挙で協力し合い、多数派を形成して「戦争法の廃止」を目的とする連合政府を作るという方法があります。

今、自民公明の与党は、多数を握っていますが、そんなことができるんですか?

 現在の小選挙区制では、自民党の議席は多数とは言っても、全有権者の内のたった17%程度の得票率しかありません。昨年の衆議院選挙で沖縄の4つの選挙区で辺野古基地に反対する「オール沖縄」の候補者が当選したように、「戦争法を廃止するオールジャパン」の候補者を多数当選させることが可能なのです。

選挙はいつですか?

 来年の夏に参議院議員の選挙があります。
 まずは、安保法案に賛成した議員は当選させないという意思を投票行動で示すために、多くの人がまず選挙に行くことが必要です。
 そして、衆議院の選挙も控えています。この二つの選挙で実現させた連合政府で戦争法を廃止する法案を上程して、国会でこれを可決すればいいのです。また、内閣としては、「集団的自衛権は憲法9条違反ではない」との閣議決定を撤回する閣議決定をすることになります。
 いずれも、その理由は、『憲法に違反する法律、国務に関するその他の行為は無効』という憲法98条に根拠を持つ正当な法案、閣議決定となります。

今の野党はいろいろ政策について対立があるように見えますが、そんなことができるのですか?

 憲法に明白に違反する法律案を、議事録にも「聴取不能」と書かれているような強行採決という方法で成立させたのです。この法案を廃止することは、野党が今何をおいても解決しなければならない最重要課題です。そのために一致できる限度で重要政策をすりあわせ、争いのある政策はとりあえず棚上げして、この一点でまず共闘することが大切であり、可能なはずです。戦争法案廃案を要求して声をあげた多くの国民も願っていることです。

東北被災地紀行~

被災地を灯す小さな光・大船渡復興屋台村

弁護士 吉田 悌一郎

 2011年3月11日の東日本大震災に続く大津波は、東北及び関東の沿岸部に甚大な被害をもたらした。

 岩手県大船渡市は、いわゆる三陸地方と呼ばれる東北地方の沿岸部地域で、人口は約4万人の小さな街だ。今回の震災及び津波による死者は340人、行方不明者は79人、建物被害は5577世帯(全壊2791、大規模半壊430、半壊717、一部損壊1639)であった。津波により、特にJR大船渡駅周辺の中心市街地が甚大な津波被害を受けた。

 私は2012年1月より、現在まで約4年間この大船渡に定期的に通い、被災者向けの無料法律相談のボランティア活動を行っている。大船渡駅の周辺は、今はかなりいろいろお店なども復活してきたが、私が通い始めた頃はまだ瓦礫の山で、店などもほとんどなくて、夜は真っ暗であった。

 真っ暗な廃墟の中に、ポツンと小さな灯りを発見した。ここは大船渡復興屋台村というところ。もともとこの地域でお店を出していた人々が集まって、仮設の店舗を建てて飲食店を営業している。ここは、地元の被災者の心を癒やす拠り所となっているのだ。

 大船渡に来ると、必ずこの復興屋台村に立ち寄るようになった。全部で10店舗ほどあるが、私が行く店はいつも決まっている。この店はもうすっかり顔なじみで、行くといつもメニューには載っていない旬の肴を作ってくれる。特に秋はサンマが絶品。サンマの塩焼きだけではなく、お刺身やなめろうなんかも作ってくれる。その日の朝に水揚げされたばかりのもので、とても新鮮で旨い。

 美味しい肴をつつきながら、グラスを傾けていると、地元の常連のお客さんともすっかり仲良くなった。みんな被災者ばかりだ。みんな心に傷を負っているが、被災者のホンネや苦しい胸のうちを話してくれる。

 当初は2~3年程度の短期の予定で始まった屋台村だが、今や街の復興のシンボルになりつつあり、観光客も訪れるようになった。そうなると、すぐに閉鎖してしまうわけにもいかず、今も被災地の夜を明るく照らし続けている。

 被災地に通っていると、まだまだ復興とはほど遠い現実を実感する。間もなく震災から5年になるが、まだ仮設住宅での不自由な暮らしを余儀なくされている人が多い。まだ震
災は終わっていないのだ。だからこそ、私も微力ではあるが、今後もこの大船渡の地に通い続けようと思う。そして、この復興屋台村にも。